【メディア掲載情報】沖永良部における本センタースタッフの調査が掲載されました(奄美新聞・2/19)

令和5年2月、「鹿児島の近現代」教育研究センターの鈴木優作特任助教、日髙優介特任助教の2名が、沖永良部島における作家一色次郎(知名町出身)の足跡に関する調査を行いました。
和泊町の前登志朗町長や知名町の今井力夫町長から、島内における一色作品の受容について説明を受けたほか、知名町中央公民館の前利潔氏からは、氏が所蔵する一色の直筆の書簡を見せていただきました。島内における一色の交友関係や、作中に示される沖永良部島の表象について今後研究を進めていきます。

以下の記事は、奄美新聞がこの調査に関して鈴木特任助教と日高特任助教に対して取材したものです。(以下、令和5年2月19日付奄美新聞9面より転載。)

【沖永良部】知名町余多出身の作家、一色次郎(本名・大屋典一)の調査のため、鹿児島大学法文学部附属「鹿児島の近現代」教育研究センターの鈴木優作特任助教(44)と日髙優介特任助教(43)の2人が17~19日の日程で、沖永良部島を訪れている。島に残る一次資料の発掘、調査が目的。

一色は1916(大正5)年に生まれ、51歳になった67年に沖永良部島を舞台に母と子の情愛を描いた小説『青幻記』で第3回太宰治賞を受賞した。73年に同小説が映画化され、今年で公開50周年となる。このほかの代表作として『冬の旅』『太陽と鎖』『魔性』などがある。88年に72歳で亡くなった。

来島した両氏によると、一色に関する研究は全国的にもほとんどされていないという。

今回、知名町中央公民館に保存されている一色が親戚に宛てた直筆の手紙など各種資料を調査。一色に縁のある場所なども見て回った。今後も調査を継続していく。

日髙特任助教は「一色は沖永良部で過ごした期間は短いが、島を背景にした作品を多く書いている。島の人とのつながりが、創作のモチベーションになっていたのだろう。一色に関わった人が少なくなっているので、いましか調査できないかもしれない」と話した。

鈴木特任助教は「鹿児島の作家の中でも、一色は顧みられることがなかった。作品を見ると、活動の幅が広い作家だったが、それすらも知られていない。調査を通して地元出身の作家としての一色の位置づけを再評価していきたい」と語った。

※なお、以下は奄美新聞WEBサイト内にある、上記記事のWEB版へのリンクです。